拝啓、まだ会ったことのないお父さんへ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:おおたき文庫(ライティング・ゼミ)
はじめまして。
あなたに手紙を書くのはこれが初めてです。
「はじめまして」というのは、おかしいかもしれませんね。
あなたはまだ小さい私の姿を覚えているかもしれませんし、
覚えていないかもしれません。
私は、あなたのことは覚えていません。
一度、写真に映ったあなたの顔を見ましたが、何も感じることはできませんでした。
2歳になった私と、生まれたばかりの妹を置いて、あなたは新しい女の人の所へ行ってしまったのですね。
あれから20年の月日が流れました。
私はあなたがいなくなってから、いわゆる「母子家庭」の子どもとして、育てられました。
母を始め、祖父、祖母が協力して私と妹を一生懸命育ててくれました。
母は「私が日中家にいて、子どもと一緒にいられる環境を何としても作らなきゃならない」と、家族と相談して小さなアパートの家主になることで、家にいながら生活費をやりくりできる環境を作りました。いわゆる自営業を始めたのですね。
母は毅然とした人でした。家主として「隣の部屋がうるさい」とか「水道管が破裂した」とか、時には家賃を何ヶ月も払わない、困った住人への対応など、初めてのことにてんてこまいになりながらも、子どもの前では母親としての顔を崩しませんでした。
母は私にやりたいことを何でもやらせてくれました。色々な習いごとに通わせてくれました。晴れの日は、自転車をこいで公園に連れて行ってくれました。雨の日は、家の中で一緒にゲームで遊んでくれました。学校から持って帰ってきた宿題を見てくれました。
なくなることが決まった図書館から軽自動車いっぱいの本を貰ってきて、毎晩、寝る前にたくさんの本を読み聞かせてくれました。
そのおかげで、今は自分で毎日本を読むほど、本が好きになりました。
母は私にとって母であり、気さくな友人でもあり、先生でもありました。
そんな母に育てられた私は子どもの頃「父親がいなくて寂しい」と感じる瞬間が一度もありませんでした。 一度もです。
むしろ、「父親がいない」という特殊な立場に置かれた自分を、ある意味誇らしく思っていたくらいでした。
友達と家族の話になった時にはこっそり「実はお父さんいないんだ」と耳打ちし、えー!! とびっくりする友達の顔を見て、内心にやにやしていた程です。
当時ちょうど夢中になって読んでいた「ハリーポッター」に出てくる少年、ハリーのおでこに刻まれた雷模様のように、「父親がいない」という状況が、何か自分を特別な存在にしてくれるような気がしていたのです。
一般に「母子家庭」というイメージがもつような「貧しくて、可哀想な子」というものは全く自分へ当てはまりませんでした。
母や祖父、祖母が懸命に協力して生活費をやりくりし、私に苦労している姿を見せまいとしてくれていたのです。そんなことを露知らない私は、自分の好きなように生きていました。
あなたの存在を初めて意識したのは、大学2年生の秋のことでした。
私は当時自分の置かれていた環境に満足できず、「海外の大学へ行く」と突然目標を決め、行動に移し始めました。
留学の準備もしていなかったため、奨学金も使えず、当然多くのお金がかかります。
私は母に相談することにしました。
母は「家にはお金がない」と大反対しました。
私は二重に、大きなショックを受けました。一つは、今まで何でもやりたいことをやらせてくれた母が、初めて頑として反対したこと。
そしてもう一つは、「家にはお金がない」ということ。母子家庭といえ、今までやりたいことをやらせてもらえていた。だからどこかで「実は家には十分なお金があるんじゃないか」と思っていたのです。
今思い返しても顔から火が出ますね。
実際、家には海外の大学に行かせるようなお金は間違ってもありませんでした。
結局、私は海外の大学へ行くのを諦めました。
そんな時です。
家のお金のやりくりを調べていた中で、気づいてしまったのです。
私と妹を育てるために、こんなに家族が苦労していたなんて、
そして、
あなたが養育費を払っていなかったことに。
そこから、私の「復讐劇」が始まりました。
「養育費を取り返す」と決めてからの私の行動は、鬼気迫るものがありました。法律を調べ、訴訟を起こすに必要な当時の状況証拠を集めました。頼れる弁護士も周りにはいませんでしたが、SNSで自分の状況を語り、友人から弁護士を紹介してもらって会いに行き、着々と準備を進めていきました。
そして、私はあなたを訴えたのです。
当時大流行していたドラマ、半沢直樹にかけて「倍返しだ」と、まるでヒーロー気取りでした。
もちろん、あなたのしたことは決して認められないことです。
しかし、私が挑戦できなかった最大の理由は、結局、大きく環境を変える勇気がなかったのです。それなのに、私は自分が海外へ行けなかった理由を「お金」のせいにしようとしました。
そして、その「お金」がない理由はあなたにある、と考えました。
つまり、私は挑戦しなかった理由をあなたのせいにし、そして、その鬱屈した思いを晴らすべく、会ったことのないあなたへの「仕返し」をすることに決めたのです。
あなたは支払いに応じましたが、「私の顔を見たい」という連絡を弁護士を通してしてきました。
私は頑なに拒みました。「お前なんか父親じゃない」と、本気で思いました。
私は「仕返し」が完了し、すっきりとした気持ちで日常に戻っていきました。
それから、3年の月日が経ちました。
ある日、私が家に帰ってギターを弾いていた時。
聴いていた母が、どこか寂しそうに笑いました。
「この曲、あの人もよく弾いていたわ」
……あ。
ずきん、と心が鳴きました。
3年が経ち、私は冷静に当時の状況を振り返られる年齢になっていました。
私は当時何かに取り憑かれたように行動し、母を巻き込んで「仕返し」しました。
ですが、あなたの存在は、私にとって「何でもなかった」のです。
あなたを、私は、知らなかった。
私は、自分の逃げを正当化するために、あなたを利用しました。
あなたのしたことは決して認められることではありません。
ですが、私はあなたのことを憎める程、あなたのことを知らないことに気づいたのです。
正直に言って、あなたに会おう、と心を決めることはできません。
ですが、何かがこうやって私に筆を取らせ、あなたへの気持ちを綴ろうとしています。
もしあなたに会ったとしたら。
あなたのことをもっと知ったとしたら。
私に生まれるのは、喜びか、憎しみか。
分かりません。
ですが、
また、きっと、手紙を書きます。
その日まで、お元気で。
敬具
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